グローバル引きこもり的ブログ

「Common Lispと関数型プログラミングの基礎」というプログラミングの本を書いてます。他に「引きこもりが教える! 自由に生きるための英語学習法」という英語学習の本も書いています。メール → acc4297gアットマークgmail.com

元広島の丸は巨人でどんなヤジを浴びるんだろう

5年35億という契約で巨人に移籍した丸だけど、いったいどんな心ない(あるいは心ありすぎる)ヤジを浴びるんだろう?広島から阪神に移籍していたことのある「新井さん」も、広島のファンからヤジり倒されて、すっかり元気がなくなってしまったと聞く。なにせ、パリーグならまだしも、移籍先が広島と優勝を毎年争うセリーグ、しかも巨人である。熱狂的な広島ファンのなかには、来年丸にどんなひどいことを言ってやろうかと待ち構えている人も沢山いるわけで、当然、丸選手はそれを承知で巨人に移籍したわけである。しかし、丸が巨人移籍を決めた理由は何だろう?子供の教育だろうか?子供の教育なんてどこでもできるものだけど、とりあえず選択肢という意味では東京が断トツで多いだろうし、子供のほうも広島より東京で暮らした方が気楽なような気もする。それとも、実は丸は隠れ巨人ファンだったのだろうか?それならば大量にヤジを浴びても我慢するしかない。巨人でプレーするという経験は巨人でしかできない。それとも、やはりカネだろうか?広島との交渉は難航したというが、それも当然の事だろう。なにせ35億円だ。広島にいるより20億円も多くもらえる。1年だけで7億円。15億円と35億円を目の前に並べられたら、35億円貰ってみたい!と思いたくもなるだろう。そして丸にとって、東京での暮らしは広島での暮らしよりも、やはり魅力的なのかもしれない。このように考えると丸が東京に行くのは十分に分かるわけだけども、五年契約で35億円というのはなんとなく不安になってくる条件だ。というのは、大型FAで巨人に移籍してうまくいった例というのはそれほど多くないからだ。もし球団の思うとおりに「補強」の効果があるならば、巨人は毎年優勝しているわけで、ここ最近の巨人の体たらくをみると、巨人にFAで移籍することが野球人として本当にいいことなのか疑問に思わないでもないが、もちろん、このことも丸選手は織り込み済みであるだろう。もし巨人でうまくいかなくても、「新井さん」みたいに2,000万円とかで広島に戻ってくればいいわけだし。なにせ35億円だ。カネなら十分あるわけで、丸が抜けたら全国制覇になるのか、丸が戻ってきたら全国制覇になるのかなんて誰にも分からない。もちろん、広島が優勝できない一方で丸が巨人で大活躍し、そのまま全国制覇!となる可能性だってあるわけだけれども。

21世紀の西武

ネットで広島ファンの観戦記を読んでいて思ったのは、ソフトバンクというのはバブル期の西武のようなものなのではないか、ということだ。バブルの時代、リゾート開発などでコクドは儲けに儲けた。今のソフトバンクの強さは携帯事業での大儲けが背景にあるのは疑いない。広島ファンは、よりによって何でこんな場面で!と悔しがるが、このような少しの甘さがあるというのがカネのないということで、こういう甘さを見せずに勝ちきってしまう、というのがカネのあるということなのだろう。今回の日本シリーズでの広島の役回りは、バブル期の西武に勝とうとしても結局勝てないセリーグの優勝チームのようなものだったのかもしれない。野球に絶対はないとはいえ、ソフトバンクに勝つのはなかなか難しそうだ。

はてなブックマークのささやかだが大きな変更

はてなブックマークにスターをもらった場合、以前はスターが付きました、という通知が表示されただけだったが、ここ最近では短いものならスターがついたコメント全文も表示されるようになった。どのコメントにスターがついたかな?とブラウザでリンクを開く楽しみはなくなって味気ない気がしないでもないけれども便利と言えば便利だ。ささやかだ大きな変化、あるいは方向転換だと思う。丸括弧なのは、タグを付けているコメントに配慮してのことなのだろうか?しかし、これだけのおおきな変更なのに、考えてみたらこの事について他のブロガーが書いているのをまだ1つも見ていない。そのことも含め、はてなは変わったな、と改めて思った。

 

・・というようなことを書いてみたものの、実は僕は昔のはてなブックマークがどのように表示されなのかはっきりとは覚えていない。もしかして昔から短いコメントはメッセージ欄に表示されていたかもしれない。しかし、メッセージ欄にコメント全文を表示するべきか、表示しないならなんで表示しないのか、というのは考えるべき問題だと思う。

AIと民主主義

最近、AIなどの情報技術の発展によって、人々は「高度」なスキルを持った高収入の労働者と、やりがいもなくきついが機械ではできない低賃金労働者に二極化する、という意見をよく聞くようになった。低賃金労働者の仕事が本当に過酷でやりがいがないか(というのは、やりがいとか仕事のつらさは仕事のやり方によって大きく変化するから)、あるいはそもそも情報技術が社会の構造をひっくり返すだけ進歩するか、など疑問はあるが、それはさておき、僕が気になるのは、もし労働者が二極化したら、数的には「頭脳労働者」が何割で「単純労働者」は何割になるか、ということだ。なぜ気になるのかというと、年収100億の頭脳労働者も年収100万の単純労働者も、持っている票数は1人一票だからだ。もし、頭脳労働者一人につき単純労働者が99人、みたいな世の中だと(このような想定をするだけで、本当に二極化なんてするのか?と懐疑的になってしまうが)、いま信じられている道徳観は根底からひっくり返るだろう。さらに、テクノロジーが単純労働そのものに与える影響はどのようなものか、という問題もある。単純労働を機械の支援を受けて行うようになると、単純労働はますます頭脳労働みたいになっていくだろうし(それは実は今までもそうなのだが)、テクノロジーによって効率が極限まで高まった結果、ついには労働が(職場での人間関係はともかく、労働そのものは)楽になっていく、ということもありうるだろう。テクノロジーは政治のあり方に影響を与える。政治のあり方が変わらずにテクノロジーだけが進歩する、ということはあり得ない。だから、長期的には、言われるような極端な二極化は起きないのではないかと思う。

アクセス数が少し増えているような気がする

このブログのアクセス数は始まった当初から平均すると1日180くらいで何をやってもほとんど変化がなかったのだが、以前に比べてアクセス数が増えているようで最近は平均アクセス数が200台前半くらいある。長文を書くのを完全に放棄して(まあ、書きたいときには書くけれども)140文字のTwitterのエントリーに毛が生えた程度のエントリーを書くようにしてから増えたような気がする。検索エンジン会社は検索エンジンの使用者がエントリーをよむ時間をレーティングに反映させている、と聞いたことがある。僕は今、エントリーは読みやすさより書きやすさを優先させているので、記事の分量の割には読まれている時間が長いな、みたいな感じになっているのかもしれない。それから、なんだかんだでこのブログのエントリーは350くらいあるから、さすがに量的な要素が効いてきている可能性もある。アクセス数が50増加するだけでも精神的にはだいぶ違う。まあ、こんな感じでひたすら楽に書き続けることを優先してブログをやっていこうと思う。

検索エンジン会社・民放・スマートフォン

https://www.buzzfeed.com/jp/yuikashima/googleaaaaaaaaaaaaa

例の検索エンジン会社は民放に似ていると思うのだ。つまり、広告収入により価値のあるものをタダで(実質的には、それは消費税のように物価に転嫁されているのだが)提供している、というのが似ている。そして、このような会社である以上、そのビジネスの手法には必然的に制限が生じるだろう。いま、検索エンジン会社が開発したスマートフォンのカメラがすごいと話題になっている。確かにすごいのだろう。しかし、例の検索エンジン会社がやっていることは、例えばフジテレビや日本テレビテレビ朝日などが非常に質の高いドキュメンタリー映画を制作して、そのチケットを2,800円で売り出すようなものではないだろうか。いくらカメラが素晴らしくても、iPhoneくらいの値段ならば仕方がない。せいぜい、一部のマーケットでAppleのカウンターになる程度のことだろう。テクノロジーの力でとんでもない性能のカメラを搭載したスマートフォンを12,800円で売りだす、というようなのが検索エンジン会社の向かうべき方向だ。

長文ブログを続けるって無理ゲーじゃないか?

ブログを書き始めてしばらく経つけど、長文ブログを続けるのって結構、無理ゲーじゃないかと最近思う。なぜかというと、長文ブログは書くのに時間がかかる。そして、その割にぜんぜん読まれない。短文のエントリーなら読まれなくても別になんとも思わないけれども、長文のエントリーを書いて読まれないとがっくりくる。エントリーをアップロードするたびにがっかりしていると、段々嫌になってくる。それだけではない。読まれてそれなりに収入がある場合でも長文ブログは簡単に消える。長文ブログを書くのは大変すぎる。成功している場合でも継続が大変なくらい大変なのである。僕はもう、長文のブログを書くことに興味はない。向いてないし、あまりにも割に合わない。結局、ブログなんて楽でないと続かない。無理してブログを書くことほどばからしいことはない。