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グローバル引きこもりブログ

「Common Lispと関数型プログラミングの基礎」というプログラミングの本を書いてます。他に「引きこもりが教える! 自由に生きるための英語学習法」という英語学習の本も書いています。メール acc4297gあっとgmail.com

ネットが人生を変える力というのはどれくらいあるんだろうか

最近、ネットが人生を変える力というのはどれくらいあるんだろうと考える事がある。

なんでみんなネットやっているか、というとみんなどっかでネットによって人生が変わるような出会いがあるかもしれない、みたいな期待があるからだと思う。人との出会いでもいいし、仕事に関する情報でもいいし、趣味でもいいし、要するにきっかけ。なんかきっかけがネットに落ちてないか気になるからネットをやっているという側面があると思う。

なにせネットというのはとてつもなく広いはずなのである。日本人だけで1億人くらいが何らかの形でネットをやっている。もちろんネット通販など、そういう消極的な使い方だけしている人も多いんだろうけれども、アクティブに使っている人が一割くらいだとしても1000万人。ネットにはなんでもありそうな気がしてくるのも無理はないし、自分の人生を変えるくらいのインパクトを持った情報というのもいくらでもありそうな気がする。

このインターネットにはなんでもある、みたいな暗黙の印象はインターネットしすぎな人はみんな持っていると思う。なんでもあるから、なにかがある事を期待していると思う。僕のこれまでのネットの使い方を振り返ると、どこかそういう所があったような気がする。

でも、最近ネットを使っているとインターネットの狭さのほうが気になり始めた。たとえば何か情報を探す際、いくら探してもクズ情報しかないとき。ほんとネットというのは狭いな、と思う。つまり、ネットって何千万人も使っているはずなのに、分野によっては人がほとんどいない。

あと、ネットでなんかやっても反応が全然ないとか。これは自分の力不足もあるから難しいけど、それとは別にどこかで、ネットって狭いな、という印象もする。自分の事を棚に上げて、世界というのはもっと広いと思ってんだが?みたいな事を思ったり。

人間のキャパシティーの限界。ネットのキャパシティーは無限だけど、人間のキャパシティーは無限ではない。人間の有限のキャパシティーをいくら集めても有限のまま。場合によってはほんとカケラくらいにしかならない事もあると思う。

ネットというのは受動的に使っているとロクな事がない、と思う今日この頃だ。僕みたいな怠け者は、ネットでダラダラ過ごしてたらなにか面白いことがあるんじゃないか、みたいな感覚を持ちがちだが、これは間違っていると思う。ネットはそこまで豊かではない。普通、ネットに人生を変える力というのはない。

そういう意味では、ネットというのはものすごい厳しい世界だと思う。