グローバル引きこもりブログ

「Common Lispと関数型プログラミングの基礎」というプログラミングの本を書いてます。他に「引きこもりが教える! 自由に生きるための英語学習法」という英語学習の本も書いています。メール acc4297gあっとgmail.com

学校教育における英語の授業というのは体育に似ている

どうも小学校5・6年生で英語の授業をやる事が決まったらしいね。「国際化」に対応するためなんだって。

ほんとは国際化(グローバリゼーション)がいいという事自体明らかではないんだけどね。日本というのは鎖国でやってきた国といえば言い過ぎかもしれないけど、今の国際的なトレンドといえばむしろグローバリゼーションよりも鎖国なんだけどね。日本人が英語ができるようになったらいい事があると信じる根拠はなにもないと思うけど。

それはそうとして、小学校5年から英語の授業を始めたとしても日本人の英語力には何の変化もないだろう、というのはまず間違いのない所だと思う。英語教育の現状を見ると、ほんと救いようがない感じがする。

思うんだけれども、日本の英語の授業というのは体育の授業に似ている。体育の授業というのは運動が得意な人間には少しは意味があるんだろうけれども、運動が全くできない人間には全く意味がない。

僕は子供の頃は目がよく見えなかったから、体育の授業にはまったくついていけなかった。周りで何が起きているかわからない上にすごい虚弱で、運動するのに必要な瞬発力とかパワーが全くなかったから、体育の授業についていけなかったのは当たり前なんだけど。

体育の授業というのは、なにも教えないんだよね。運動が苦手な子供でも運動ができる子供の中に放り込んで、勝手に学んでくれ、という事でしょ?運動できない子供に体育の授業をさせてもオロオロするばかりでおおよそ何の意味もないけど、子供が「自然に」体育を学ぶのが一番いいと教育学部の教授(体育教育)は思っているわけでしょ?

それは、学校教育の英語の授業のやり方に非常によく似ている。基本的に英語の授業というのは、とにかく英語を使っていれば英語がそのうち出来るようになる、という考え方に基づいている。

体育と同じで、英語というのは「自然に」学ぶのが一番効率的だということになっているのだろう。

でも、学校の授業をいくら聞いても英語ができるようにはならないよ。だって文法やらないからね。文法やらないのに外国語を理解するのは、はっきりいって無理。学校の授業を何千時間真面目に聴いたところで英語が出来るようにはならないと分かっている子供(とその親)は笑いが止まらないだろうな。

それで、文法をしらずに徒手空拳で英語の授業を受けている子供の親は成績が上がらない!宿題やったの?とか言ってるわけでしょ?本当に笑えるというか、謎だよね。なんでこんな気違い沙汰が何十年も続いているんだろ?

国際化国際化、英語英語と大騒ぎしながら、この気違い沙汰を見直そうという動きは一向にみられない。見直すどころか、この傾向はますますひどくなっているような気がする。小学校から英語をやるというのもこの手の気違い沙汰の延長なんだろうな。

電子出版した本

Common Lispと関数型プログラミングの基礎

Common Lispと関数型プログラミングの基礎

 

 多分、世界で一番簡単なプログラミングの入門書です。プログラミングの入門書というのは文法が分かるだけで、プログラムをするというのはどういう事なのかさっぱりわからないものがほとんどですが、この本はHTMLファイルの生成、3Dアニメーション、楕円軌道の計算、 LISPコンパイラ(というよりLISPプログラムをPostScriptに変換するトランスレーター)、LZハフマン圧縮までやります。これを読めばゼロから初めて、実際に意味のあるプログラムをどうやって作っていけばいいかまで分かると思います。

 世間は英語英語と煽りまくりですけれども、じゃあ具体的に英語をどうするのか?というと情報がぜんぜんないんですよね。なんだかやたら非効率だったり、全然意味のない精神論が多いです。この本には僕が英語を勉強した時の方法が全部書いてあります。この本の情報だけで、読む・書く・聞く・話すは一通り出来るようになると思います。