グローバル引きこもりブログ

「Common Lispと関数型プログラミングの基礎」というプログラミングの本を書いてます。他に「引きこもりが教える! 自由に生きるための英語学習法」という英語学習の本も書いています。メール acc4297gあっとgmail.com

産経新聞の日本語が何でおかしいのか分かって衝撃を受けている

産経新聞というと、あの産経的としか言えないような論調が有名な新聞だが、僕のなかでは何よりもまず日本語がおかしい新聞という事になっている。

先日も産経の日本語がいかにおかしいか良く分かる記事を見た。

今の政府の改憲運動を支持する「正論」のタイトルは産経の日本語のおかしさを示す典型的な例である。

www.sankei.com

ポータルサイトとはいえ、タイトルに【を使う所からして異様さを感じるし「改憲を躊躇すれば、反対派の『思う壺』」という下りも全国紙の表現としては異様だが、何よりも印象的なのは「支持率低下は『改憲つぶし』を画策した共産、民進、左翼メディアが最大の原因だ」という部分である。

僕は政府の支持率が低下したのは森友・加計・日報問題の三点セットと、長期政権なのでそろそろ政権の寿命が来ている事が理由だと思うが(まあ、改憲のような下らない事に熱中しても支持率向上にはつながらないけれども)それはいいとして、「共産、民進、左翼メディアが最大の原因だ」という文章は一体何なのだろうか?

もし支持率の低下に共産党民進党、朝日などの左翼メディアという3つの原因がある、という事を言いたいのなら、「共産、民進、左翼メディアが原因だ」と言えばいいし、例えば共産党が最大の原因だと考えるならば「共産党が最大の原因だ」と言えばよい。

それが「共産、民進、左翼メディアが最大の原因だ!」と言われたら3つの原因のうちのどれが最大なのか分からず、読者の方は当惑する。

いや「全部最大なんだよ!」と言われるならば、まあ何を言いたいのかはよく分かるけれども、これは普通の人ならば絶対に書かない種類の日本語であるのは間違いない。

もしかしたらPVとかSEOを意識してタイトルを考えているのかもしれないが、ともかく産経というのは論調がアレである以前に日本語からしておかしい事がある。

 

産経の日本語がどうしてこれほどおかしいのか僕はかねてから不思議に思っていた。

僕は子供の頃は朝日を読んでいたので産経の日本語のおかしさはなおさら異様に思える。

朝日というのは、その報道の質はともかくとして記事の文章だけはうまい。

最近の朝日の紙面には昔と比べるとかなり微妙な文章が見られるようになったような気がするが、僕が子供の頃の朝日の記事は文章に一点の狂いもなかった。

そういう経験があるものだから僕は産経の日本語が不思議で仕方がなかった。

「物事の考え方がここまでおかしいと、日本語までおかしくなるものなのだなあ」と考えても、この不思議さが消える事はない。

世の中に考え方がおかしい人はいくらでもいるが「共産、民進、左翼メディアが最大の原因だ!」みたいなレベルでおかしい日本語を書く人は見当たらない。

それなのに、なぜ産経の日本語に限っておかしいのか?

 

以下のLiteraのコタツ記事は僕の数十年来の疑問を解消するものであった。

lite-ra.com

それによると産経新聞の社員というのはみんな朝日・読売・NHKなどに行きたかった人がほとんどで、物事の見方や考え方もこれらのマスコミの従業員と同じらしいのである。

だから産経新聞の社員は産経新聞の紙面を内心では恥ずかしいと思っているというのだ。

「そもそもどういう人が入ってくるかというと、「朝・毎・読」(『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』の略)とNHKの試験を落ちた人が『産経』を受けて、それぞれおさまっていきます。
 そういう意味では、東京本社の記者はかなりコンプレックスが強いです。学歴的にも華々しい人はあまりいませんし。学校の成績も入社試験の成績もイマイチだった人が入ってきます。そして、東京本社の記者は自分の紙面を恥じている人が多い。本当は『朝日』に行って、カッコ良く社会批判の記事でも書きたかったんだけど、そうは問屋が卸さなかった。仕方なく『産経』に入り、「ジャーナリストになりたいという夢」は一応、表面的に満たしてくれるので、そこで言われたことをやるという人がほとんどでした。 

この下りを読んで、僕は産経新聞の日本語がなんであんなにひどいのか心から納得する事が出来た。

産経の日本語がおかしいのは、書いている人間が自分が書きたい事とは正反対の事を嫌々書いているからなのだ。

報道関係の仕事をしたい、と考える人は大体、物を書くのが好きで、しかも朝日とかNHKのようなセンスを持っている人が多い。

そういう人達にとって(上の例では寄稿か聞き書きかはわからないが)百地章氏のような人物にその主張に沿うようなインタビューをして、それを記事にまとめるというのは拷問のような作業に違いない。

産経なんか読むバカにはこの程度の文章でいいだろう、とでも考えて書き飛ばしていかないと、とてもやってられないだろう。

おそらく、このような態度は産経新聞社全体に共有されている。

校閲に訂正されるべき部分がそのまま出てくるのは、校閲も(校閲というプロセスがあれば、の話であるが)同じように読者をバカにしているからに違いない。

 

考えてみたら産経のような主張を世の中に広めようと報道関係を目指す人などほとんどいないに決まっている。

だから産経に入社しても産経をやめて、もっとまともな職場に移りたい記者はたくさんいる。

驚くことに産経にはそういう社員をターゲットにする他社のエージェントまでいるというのだ。

『産経』東京本社の中には、『東京』のスカウトマンがいると言われていました。『産経』の社員なのに『東京』からお金をもらって、「これは」と目をつけた記者をどんどんスカウトするのです。

しかし、そのようにしてうまいこと他社に転籍できる人はいいが、転籍しようとした人がだれでも転籍できるわけではない。

産経新聞を読んでいると、これを書いている人はちょっと他のマスコミでは厳しいかな、と思う事がある。

文章というのは個人の持つ能力がそのまま出てしまうので言い訳ができない。

だから他のマスコミでは厳しい産経社員は(自分の持つ能力の限界を意識しつつ)今日も産経的な記事を書き続けるしかない。

産経の日本語にはこのような産経社員の置かれた状況が直接的に反映されている。

 

僕はいままで(暫定的に、ではあるが)産経の日本語がおかしいのは産経社員の頭がおかしいからだと思っていた。

しかし産経の社員だって就職活動の際は朝日とかNHKなどの大マスコミを受けているのだ。

朝日の社員の能力の平均と産経の社員の能力の平均とではそれなりに違いがあるだろうが、基本的には同じ種類の人たちなのである。

そういた種類の人たちが産経の社員をやるとなると当然色々な葛藤があるだろう。

それらの葛藤を反映した産経の日本語は、ある意味で産経の社員のまともさというか、人間性の現れであるのかもしれない。

電子出版した本

Common Lispと関数型プログラミングの基礎

Common Lispと関数型プログラミングの基礎

 

多分、世界で一番簡単なプログラミングの入門書です。プログラミングの入門書というのは文法が分かるだけで、プログラムをするというのはどういう事なのかさっぱりわからないものがほとんどですが、この本はHTMLファイルの生成、3Dアニメーション、楕円軌道の計算、 LISPコンパイラ(というよりLISPプログラムをPostScriptに変換するトランスレーター)、LZハフマン圧縮までやります。これを読めばゼロから初めて、実際に意味のあるプログラムをどうやって作っていけばいいかまで分かると思います。外部ライブラリーは使っていません。 

世間は英語英語と煽りまくりですけれども、じゃあ具体的に英語をどうするのか?というと情報がぜんぜんないんですよね。なんだかやたら非効率だったり、全然意味のない精神論が多いです。この本には僕が英語を勉強した時の方法が全部書いてあります。この本の情報だけで、読む・書く・聞く・話すは一通り出来るようになると思います。