グローバル引きこもり的ブログ

「Common Lispと関数型プログラミングの基礎」というプログラミングの本を書いてます。他に「引きこもりが教える! 自由に生きるための英語学習法」という英語学習の本も書いています。メール → acc4297gアットマークgmail.com

七年という歳月

2011年の3月11日午後3時に起こった東日本大震災から七年になる。

七年というと相当な歳月で、小学校六年の子供は大学生なり社会人になり(僕のように引きこもりをしている人もいるだろうが)、新入社員は30才くらいの主力になり、30代前半だった者はいま40くらいになっている。

結構な歳月だ。

ぼくも一応、七年前は30代の前半だった。

いまからすれば30代前半というと相当若いと感じるが、この30代の七年間を僕はどのように使ったのだろうか?

自分の健康が許す範囲内でできることを細々としてきた、というのが実態だったと思う。

健康状態という制限がある中ではある程度有意義に時間を使えたのではないか。

ここ数年、僕は生まれて以来初めて何か意味のあるまとまった事ができるようになった。

このブログなどもそのひとつで、今のようにブログを運営することは以前には絶対にできなかったとおもう。

これまでのように、僕はこの七年間ほとんど考えることしかしていないのだが、それ以前は考えることすらまともにできなかった。

この七年で健康状態は格段によくなった。

もちろん問題はまだあるが、もし昔からこれくらいの健康度があったら人生楽だったんだろうな、と思うくらいよくなった。

しかし正直、健康状態が改善する一方、意識が健康状態にぜんぜん追いついていないと感じる。

いま自分がやっていることが自分の限界とはとうてい思えない。

まあ、実際の限界は自分ができることが示すので、それが実際の限界なのだろうが。

この七年を考えることにつかったことで、個人的には大きな発見がいくつかあった。

世界はなぜこうあらざるを得ないか?というようなことを小学生の頃から考えていた僕にとってはものすごい成果があった七年間だと思う。

その一方で、いまのように健康が改善してみると、どうせ考えながら七年間を過ごすのならばバイトでもしながら考えたほうがよかったんじゃないの?とも思うが、まあ、健康状態が改善して初めてそう思えるようになるのだろう。

健康状態が著しく改善したことがこの七年での最大の成果かもしれない。

後悔はいくらでもある。

しかし、東日本大震災でなにが起こったのかを考えると、生きているだけで大成功なのだ。

東日本大震災のあと、僕もこの震災を契機として生き方を変えないといけないと思った一人だった。

しかし、僕はただ生き方を変えようと思っただけで行動の方は何も変わらなかったから、僕の生き方は以前と何も変わらなかった。

これからは現状に感謝をし、手持ちのリソースでできることをやっていきたい。

電子出版した本

Common Lispと関数型プログラミングの基礎

Common Lispと関数型プログラミングの基礎

 

多分、世界で一番簡単なプログラミングの入門書です。プログラミングの入門書というのは文法が分かるだけで、プログラムをするというのはどういう事なのかさっぱりわからないものがほとんどですが、この本はHTMLファイルの生成、3Dアニメーション、楕円軌道の計算、 LISPコンパイラ(というよりLISPプログラムをPostScriptに変換するトランスレーター)、LZハフマン圧縮までやります。これを読めばゼロから初めて、実際に意味のあるプログラムをどうやって作っていけばいいかまで分かると思います。外部ライブラリーは使っていません。

世間は英語英語と煽りまくりですけれども、じゃあ具体的に英語をどうするのか?というと情報がぜんぜんないんですよね。なんだかやたら非効率だったり、全然意味のない精神論が多いです。この本には僕が英語を勉強した時の方法が全部書いてあります。この本の情報だけで、読む・書く・聞く・話すは一通り出来るようになると思います。