グローバル引きこもり的ブログ

「Common Lispと関数型プログラミングの基礎」というプログラミングの本を書いてます。他に「引きこもりが教える! 自由に生きるための英語学習法」という英語学習の本も書いています。メール → acc4297gアットマークgmail.com

堀川哲著「ニューヨークで暮らすということ」

なにか知らない国について調べるにはいろいろな方法があるだろうが、一つ有効なのがその国の人々がどういう風に暮らしているか、ということに注目する事である。普通の人々の暮らしを見れば、その国がどういう国か、というのは大体わかる。だから情報源がニュースなどの報道だけというのはよくない。報道が伝えるのは事件、事故、政治の話だが、大多数の人は事件にも事故にも政治にもそれほど関係なく生きているからである。

著者は日本の私大で哲学をおしえている大学教師で、この本は著者がニューヨークの大学に1年間滞在した際に見聞したことがまとめてある。アメリカの普通の人の日常生活を徹底的にとりあげた本書の価値は非常に大きい。ここに書いてある話はふつうのアメリカ人ならばだれでも知っている事であろうが、そういうありふれた事はなかなか報道では取り上げられない。しかしアメリカを理解するにはまず、そのようなありふれた事こそが重要である。なにせ、アメリカ社会の現実は大半の日本人が持っているイメージとは全然ちがうのだから。

たとえば、アメリカの公教育が荒廃しているということは良く言われるが、ニューヨークの貧困地区にある学校の教師はほとんど全員、無免許で教えているらしい。日本では信じられない話だが、本当に教員免許をもっていない教師ばかりが学校で教えているのである。そういう荒廃した地域で教師をやるというのは危険で給料も安いし、精神的にもしんどいからだれも教師になりたがらない。だれも教師になりたがらないから、教師をやろうという人は無免許でも大歓迎なのである。当局も、教師が公的に学校で教える資格をもっているかなんて気にしていない。

不法移民の話も、日本では想像もできないようなスケールである。アメリカには中南米から来たヒスパニックの不法移民が大量にいる。そういう不法移民がどういう風に住んでいるか、というと、かならずヒスパニックの不法移民が住んでいる街に住むわけである。だから不法移民が住み始めるとあっという間に街はヒスパニックしかいなくなる。そのような地域で使われるのは英語でなくてスペイン語で、住人は一生英語を使わずに生活できる。だから、アメリカにいながら一生英語を理解できないで亡くなる人はめずらしくない。

そのような不法移民はものすごい低賃金で白人がしないような仕事をしている。アメリカで仕事をするには当局が発行した書類が必要だけど、不法移民のために書類を偽造する組織があり、雇用者は書類の偽造を見て見ぬふりをする。不法移民を雇用しないとビジネスが成り立たないからである。もし不法移民がニューヨークからいなくなったら、ニューヨークの中産階級の生活は全くなりたたないと言われている。だから当局も不法移民がどこで何をしているかなんて興味がない。もうニューヨークというのは、部分的に治外法権になっている。

こういう話を読んでいると、だからアメリカはアメリカなのか、と心の底から理解できる。教員免許がない教師が教えていても、それで問題ないなら気にしない。不法移民が働いていても、それ社会が回っているのだから気にしない。アメリカに住んでても一生英語を理解しない人がいる。高級な地区とものすごい危険なエリアが道路一つ隔てるだけで隣り合っていたりする。そういう社会だからアメリカからはどんどん新しいものが出てくるんだな、と納得する。

アメリカのすごさの歴史的・社会的背景を知りたい人は読んでおいたほうがいい一冊である。