グローバル引きこもり的ブログ

「Common Lispと関数型プログラミングの基礎」というプログラミングの本を書いてます。他に「引きこもりが教える! 自由に生きるための英語学習法」という英語学習の本も書いています。メール → acc4297gアットマークgmail.com

日本の小中学生の学力が高いのは良い事か?

普通、学力が高いという事は無条件でいい事だとされている。

しかし、子供の学力が高いのは善である、という事は、本当に疑う必要のない真理なのだろうか?

 

国際的にみて、日本の小中学生の学力は高い。

たとえば、日本人ならば誰でも、おつりは暗算で計算できるし、エスタブリッシュメントから貧民まで、だれでも普通に朝日新聞を読む事ができるのは、小中学生の学力の高さの現れである。

このような事は、アメリカやヨーロッパに行けば全く普通ではない。

欧米だと、簡単な暗算はもちろん、読み書きも怪しい人というのが大量にいる。

日本でも、そのような非常に学力が低い層というのはもちろんいるが、日本とは比べ物にならない割合でいるのである。

 

このように学力が低い層が大量にいる社会というのは、学力が低い層を効率よく使うテクノロジーが発達する。

それはITの活用であったり、雇用のシステムであったりさまざまだが、ともかく「無能」な人間にも「富」を生産させた方が儲かるならば、「無能」な人間も工夫して使う、という方向になっていくのは当然の事だ。

アメリカとかヨーロッパの社会が何だかんだで日本よりも効率的なのは、平均的な労働者の学力が低いということが大きい。

合理的で効率的なシステムを作り上げないと、学力のない人たちを動員して儲けることができないのだ。

国民の学力が低ければ、学力が低い人間でも参加できるようなシステムを創造するインセンティブが生まれる。

そして、それが社会の活気というものにつながっていく。

 

最近の日本で起きていることはそれとは逆である。

日本では、みんなそこそこ学力があるものだから、「無能」な人間を使えるような効率的なシステムが発達しない。

どうしても、システムの非効率を個人のスキルと気合でカバーする、という方向になってしまう。

そして、それで何とかなってしまうものだから、システムはいつまでたっても効率的にならない。

日本の組織がやっていることを見ると、それは無駄のオンパレードである。

みんなそこそこ優秀だと、システムが少しくらい非効率でも、がんばれば何でもできるだろう、という気分になってしまうのだ。

アメリカとかヨーロッパとかでは、そうはいかない。

無理なものは無理、と、最初からはっきりと決まっている。

 

日本の今の社会が直面している困難を見ると、それらは明らかに日本人の学力が低いからではない。

日本人の学力が低いから日本が低迷しているわけではないのである。

それどころか、最近の日本社会を見ていると、日本人の学力は問題解決の妨げになっているのではないか、と疑わざるを得ない。

学力というのはどうしても、ある種の思考停止を招く。

学力があると知恵が出てこない、逆に学力がないから知恵が出てくる、という側面は無視できないと思う。

僕は、日本の教育の今の問題は、教育がない事ではなくてありすぎる事、つまり過剰教育だと思っている。

学力というのは無くなったらば無くなったで、それなりにいい事があるのだから、これからは教育の思い切ったリストラを実行するべきだ、と僕は考える。

バックナンバー

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電子出版した本

Common Lispと関数型プログラミングの基礎

Common Lispと関数型プログラミングの基礎

 

多分、世界で一番簡単なプログラミングの入門書です。プログラミングの入門書というのは文法が分かるだけで、プログラムをするというのはどういう事なのかさっぱりわからないものがほとんどですが、この本はHTMLファイルの生成、3Dアニメーション、楕円軌道の計算、 LISPコンパイラ(というよりLISPプログラムをPostScriptに変換するトランスレーター)、LZハフマン圧縮までやります。これを読めばゼロから初めて、実際に意味のあるプログラムをどうやって作っていけばいいかまで分かると思います。外部ライブラリーは使っていません。

世間は英語英語と煽りまくりですけれども、じゃあ具体的に英語をどうするのか?というと情報がぜんぜんないんですよね。なんだかやたら非効率だったり、全然意味のない精神論が多いです。この本には僕が英語を勉強した時の方法が全部書いてあります。この本の情報だけで、読む・書く・聞く・話すは一通り出来るようになると思います。