核の独占と平和の独占
https://www.foreignaffairsj.co.jp/articles/201207_waltz/
第二次世界大戦後、「先進国」の住民が享受しているこの上なくありがたい「平和」というものは核兵器によって実現されているということは理性をもつ人々ならばだれでも分かっている事実だが、それならばイランとサウジアラビア(とイスラエル)がそれぞれ核をもつならば中東においても「冷戦」が実現するのではないかと普通ならば期待する。期待するはずなのだが、物事が政治的、つまり多数決によって決まるのは中東政策業界についても同様で、このような意見は世間ではほとんど全く見られない。というか、単に現状を全力で維持し続けることが最も責任のある態度と言えはそれは確かにそうだし、そもそも中東の現状を変えるインセンティブが「先進国」にないのならば「先進国」がイランの核開発を問題視するのは当たり前の話なのかもしれない。結局、平和とは基本的なインフラというよりは「先進国」の住民だけが独占すべき贅沢品なのであろうか?