【書評】丸田勲「江戸の卵は1個400円! モノの値段で知る江戸の暮らし」
思うんだけど、どうも今の日本人は江戸時代の事を知らなすぎるんじゃないか?
江戸時代についてはもう少し知られてもいいような気がする。中世とか戦国時代とかも色々学ぶ事はあるだろうけど、やっぱり江戸時代は重要だよね。というのは、食い物でもなんでも、いま和風と言われているものというのは大体江戸時代に今に伝わる形になったものが多い。日本の伝統文化と言われているものは、具体的には江戸時代の文化なわけだよね。だから江戸時代を押さえておけば、日本の伝統に関しては大体オーケーなような気がする。
もっとも、そんな事をいっている僕も、江戸についてあんまり知っているわけではない。理系だったから日本史どころか西洋史すら取り損ねたし(これは大失敗だったと後悔しているけど)、江戸時代については変な髪型をした男とナスみたいな顔をした女がたくさんいた時代くらいの知識しかなかった。せいぜい英語を勉強していた時代に(まあ、今でもしてるけど)、Penguinが出してる世界史の本で(J.M.Robertsのやつね)江戸時代の事を読んで、Making of Modern Japanというアメリカ人が書いた日本史の本を読んだくらい。これは900ページあって結構読むの大変だったけど、考えてみたら江戸時代の本はこれしか読んだことなかった。僕みたいに江戸時代になんとなく興味あるけど、興味あるだけのままで来た人というのは結構いると思う。そういう人にうってつけの本をたまたま読む機会があったのでここに紹介しようと思います。
「江戸の卵は1個400円! モノの値段で知る江戸の暮らし」は、江戸時代にものやサービスが今の円でいうと何円くらいだったのか?というのを説明した本です。具体的には一両を12万8,000円、一文を20円として計算をしている。だいたい普通に思いつくモノやサービスは一通り解説してあります。だから、この本を読んだだけで江戸の暮らしというのが一通り分かってしまう。ちなみに一例をあげると、たくあん一本300円、すし一人前500円、そば320円、団子80円、しるこ320円、番傘5,000円くらい、げた1,500円くらい、寺小屋の月謝4,000円くらい、ふろ120円、床屋600円、落語を聞くと500円くらいしたという。ちなみにタイトルとなっている卵は一個140円から400円くらいしたと書いてある。生卵の値段が3倍くらい違う理由は書いてないが、まあ1個140円!では印象薄いよね。
江戸の生活習慣についても結構いろいろ書いてあって面白い。たとえば江戸時代の江戸というのは夜になるとあちこちにある木戸というゲートが閉鎖されて、木戸を通行するには木戸番という木戸を開け閉めする人に木戸を開けてもらわないと木戸を通過できなかったらしい。この木戸が当時の江戸にどれくらいの数あったのかは興味深いけど、とにかく治安を向上させるために夜間、人の移動を制限するというのはかなり先進的なアイディアだと思った。面白いのは、その木戸番は夜間に店を開く権利を持っていて、店で食い物やら雑貨品を売っていたらしい。だから江戸時代、江戸の人間は24時間、食い物やら雑貨品などを買い物できたんだという。かなりすごいよね。江戸時代に24時間買い物できた国なんて、世界でも日本だけだよね。
あと面白いと思ったのは、江戸時代の人というのはあまりモノをもたないで暮らしていた、という事。なんでか、というと、江戸時代には火事が多くてモノをもっていても焼けてしまうからあまりモノを持たなかったんだって。その代わり必要なモノを借りられるレンタルショップが発達していて、大抵のものは借りて済ませる事ができたんだという。住まいもいつ焼けてもいいように粗末な建てられ方をしていて、建築費用が掛からないものだから家賃も安かった。物をあまり持たないで家賃もそんなにかからないし、江戸時代はいつ死ぬか分からないわけだから、江戸の人は基本的にその日ぐらしでカネがあったらさっさと使ってしまったらしい。この話を聞いて、江戸の文化の繁栄というのはこういう諸行無常的な背景があったんだなあ、たしかに江戸の文化というのはそういう感じがするな、と納得した。打ち上げ花火とか、あんなのはとても江戸の人間の価値観を表していると思う。
それから興味深いのは、江戸時代における伊勢神宮の重要性ね。江戸時代というのは移動の自由がなくて、特別な用がないと旅行が出来なかった。関所を通過するのに必要なパスポート(通行手形)が発行されなかったわけだよね。なのでお伊勢参りというのは普通の人が遠方に旅行するための非常に貴重な機会だった。江戸から伊勢神宮のある三重県まで、徒歩で往復すると大体一月、費用は今でいうと30万くらいかかったという。ちなみに、一人で勝手にお伊勢参りを企てる子どもはタダで飲み食いや寝泊りが出来るという風習があったらしい。
いろいろ英語がどうこう、国際化がどうこういう時代だから、自国の伝統を知る重要性は高まっているよね。外国人の前では日本人の一人ひとりが日本の代表であるわけで、そういう意味では江戸時代の知識は絶対あったほうがいい。自分の国にプライドを持っているかどうか、というのは絶対雰囲気に出るからさ。それに、これからの政治のありかた、行政のありかた、あるいは人間はどう生きるべきか、という事を考える上で江戸時代の社会には参考になる点が多く、そういう意味でも本書の価値は非常に大きいと思います。
追記
江戸時代の物価について、次のようなコメントをいただいた。
こういう物価を語るときは、物の値段だけじゃなくて、いろんな職業の収入額も一緒に出さないと意味がない。
この本では、物価の基準として食い物の値段を参考にしている。つまり、21世紀の東京で売られている立ち食い蕎麦と、江戸時代に売られている蕎麦は同じ価値があるとして、そこから逆に一文の価値を推定している。なのでエントリーにある「蕎麦320円」というのはやや説明不足かもしれない。ようするに江戸時代の蕎麦を320円とした場合、他のものの物価は何円になるのか?という話です。いろいろな職業の収入額は書くか書かないか迷ったが、話が面倒になりそうなので書かなかった。