グローバル引きこもり的ブログ

「Common Lispと関数型プログラミングの基礎」というプログラミングの本を書いてます。他に「引きこもりが教える! 自由に生きるための英語学習法」という英語学習の本も書いています。メール → acc4297gアットマークgmail.com

いつもとちょっと違う東京オリンピック

個人的には、コロナウィルスの騒動が終息していなくても体温を測るとかしてオリンピックを強行する、みたいにサイバーパンクを思わせる展開になったら格好いいと思っていたのだが、考えてみたらオリンピックビジネスをやっている人々は夏が暑いからと大騒ぎをしてマラソンの会場を札幌に移すような人々なのだからそんなことがあるわけもなかったのだった。それに、選手の中でコロナウィルスに感染した者が出てきたら確かに対応に困るので、まあ延期になるのも仕方がないかな、という感じもする。それでは東京オリンピックはどうするか?中止という選択肢がないのははっきりしている。モスクワオリンピックを「西側諸国」はボイコットしたが(今からしてみると何でモスクワなんかでオリンピックをやったんだろうと思うが)、結局モスクワオリンピックはオリンピックを中止したところであまりいいことはない、という例にしかなってない。だから東京オリンピックは延期になるはずだが、延期するとしたらいつやるべきだろうか。四年後だとこれは中止と同じことだから一年後か二年後にやるのだろうが、それでは一年後か二年後にやればどんないいことがあるだろうか?考えてみればオリンピックがもたらすのは熱狂であって、しかも熱狂だけしかない。しかし、東京オリンピックはいつものとはちょっと違うオリンピックになると期待できる。どのように違ったオリンピックになるかはわからない。一年後か二年後は待ちに待ったオリンピック!ということで延期がなかった場合よりもさらに盛り上がるかもしれないし(もちろん、コロナウィルスも感動を演出するために利用されるはずだが)、一年か二年の間に人々がすっかり冷静になり、オリンピックなんて意味あるの?という雰囲気になることだってあるかもしれない。とにかく、盛り上がるにせよ冷静になるにせよ、それはいつものオリンピックとは違うオリンピックになるはずだ。そのような、いつもとはちょっと違うオリンピックが日本で行われることは、もしかしたらなかなか幸運なことなのかもしれない。